東京都 20代 祝福二世
小嶌希晶さん、橋本澪さん(仮名)

「信者の人権を守る二世の会」を立ち上げて(前半)

最初のきっかけは…

編集(以下、編):今日はよろしくお願いします。
さっそく、「信者の人権を守る二世の会」について聞いていきたいと思います。
シンポジウムの中でも話してこられたと思いますし、ホームページにも掲載されていると思うのですが、改めて「二世の会」を出発してシンポジウムなどを開催した経緯やきっかけを教えていただいてもいいですか?

橋本さん(以下、橋):2022年の夏の話になります。春からお互い職場が変わって同じ教会に通うようになったのですが一度も話したことはなく、夏になって初めて小嶌さんと話す機会があったんです。初めましての挨拶をするやいなや、不思議なほどすぐに意気投合しました。

小嶌さん(以下、小):その時は(安倍元首相の)事件後で報道が激しかったので、その話にもなりました。(家庭連合の批判を)言われっぱなしだから、誰かが何か言わないとね、みたいな話をしたんですよ。でも結局みんな誰もやらないよねって……。

:それなら私たちで何かやろうか!ってなったんですよね。
実は会ってから3日で、YouTube発信に取り掛かりました(笑)。

:あの時のスピード感はすごかったよね。
それから一緒に家庭連合の未来について話し合ったり、過去に何があったのかも相当調べたり、「二世の会」として発足する前から、1か月くらいをかけて、どういう発信をしていくかを話し合いました。当時は二人とも家庭を持つ前だったから、深夜まで話し合ったこともあったよね。

:そうだね。オンラインで繋いで色んな方から話を聞いたり、自分たちで調べたりして、「旧統一教会問題」とは何なのかというのを、真剣に考えました。

:(両サイドが出した本を読んだりもして)相当勉強もしました。2人の考えのギャップも話し合って埋めながら。それ以外に、理想も2人で語り合いました。悪い話ばかりじゃなかったよね。どうしたら誤解されているものを解けるのかとか一生懸命考えたし、そこが土台となって発信が始まったという感じですね。

:そうだね。
あと、この二人の間でも(考え方が)全然違うよね。

:私の親はかなり献金を捧げてきたから、どっちかというと元信者に共感できる立場でした。彼女は、お母さんが熱心だったのですが、家族もそこまで困ったこともなかった。
だから境遇が違いすぎて、噛み合わないことはよくあったよね。

:違うものを見てきたという感覚はありました。

:私は教会の問題点を一生懸命訴えるけど、橋本さんはよく分からないからそうなんだねって言うし、私も彼女の話を聞いて、普通に幸せな二世もいることに超びっくりして、あ、そうだよね、こういう(良い)側面も教会にはあるよね、そうだそうだって思い出して。教会は別に悪い部分ばかりじゃない。当たり前なんですけどね。
そういう感じでお互いが知らない世界を知り合いながら。
一方で、幸せだった話だけではなく、実際苦労された方もいるっていう話もして。まあ自分たちで言うのもなんだけど、相当バランスが取れていたと思う。

:本当にね。全然違うからね。
私は、元二世の声にも耳を傾けるようになった。特に1回目のシンポジウムの前は、本当にたくさん情報収集をしたね。

:それで2人で悩んで、いやーしんどいねって言ってね。
普通だと目を背けたいと思うような、教会の悪いことばっかり書いてあった。あえてそこに目を向けないといけないので、しんどかった……。

:元2世の声はX(旧Twitter)とか色んなところで聞いて、で、1回目のシンポジウムの前に、本当にシンポジウムやるの?辛いねって話して。
何か……シンポジウムやりたくないね、みたいな話もした。

:辞める選択肢は無かったけど、やりたくない思いはかなりあった。何を言うかも悩んだ。いろんな選択肢の中で、教会を擁護したところでやっぱり恨みを持っている二世たちからは賛同は得られないし、その人たちにとっての悩みの解決にはならない。
だからといって、元二世たちの言葉を代弁したところで、偏向報道を助長させるだけなので、それを全肯定するわけにもいかない。これは間違ってる、これは間違ってないみたいなことをうまく整理して発信するなんて、私たちができる立場じゃないっていうのと……。

:なんかすごく、何て言ったらいいんだろう……難しかった。
それで悩んだ。めちゃくちゃ。2人で本当に涙するくらい悩んだんですよ。
よく泣いてたよね。2人でね。

:でも、その時の私にとっての心の支えは、家庭連合を擁護する発信をしておられた方々だったんです。教会員ではない方が、顔も名前も出してなぜ教会の看板を背負って頑張って戦っているのか? 当事者である私たちが見ているだけではいけないだろうと、すごく思っていました。それで出ていこうと。そういった方々がいなかったら、やってこれなかったかもしれない。

:それは「二世の会」立ち上げの動機ということで、ホームページにも書きました。
事件後は本当に、何も言えないような空気でしたが、声を上げてくださる方が次々と現れるようになった。それが本当に励みになりました。

:そうだね。
あと、宗教を疎外しようとする日本の風潮に対しての危機感もありました。宗教が全て良くないものってイメージが固定化されてきていた。その危機感もあったので、(シンポジウムを)やらないといけないと思ったんです。もう決断してしまったんだよね、絶対やると。

:そういう話もずっとしてたね。
今の社会の流れは本当に良くないんじゃないかっていう思いがあって、なんとかしたいという思いがありました。それは日本が好きだからっていうこともあります。それが一番の動機だったよね。

~前半終わり~

後半に続く

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