福島県 70代 夫婦
柏原勇吾さん・フサ子さん

自宅で祈祷中に玄関横の窓ガラスを割られる

編集(以下、編):柏原さん、今日はよろしくお願いします。
柏原さんご夫妻は、福島県内でも山間部に住んでおられますが、2022年にご自宅の窓ガラスを割られるという被害に遭われたとお聞きしました。その時の状況を詳しくお聞かせください。

柏原フサ子さん(以下、妻):はい。2022年7月8日に安倍元総理が亡くなられましたね。その後、家庭連合に対する批判報道が激しくなって、家庭連合のイメージがすごく悪くなってきましたよね。主人に聞くと大丈夫だって言うんだけど、本当に不安になりこの雰囲気を変えなくちゃと思い、夜に祈祷しようと思ったんです。私は、お祈りはうまくないんですけど、この私でも神様の役に立てるならばと思ってお祈りを始めたいなと思って。それで、夜中の0時ごろに自宅で毎日祈り始めたんです。

夜中の祈祷を始めてから4、5日は経ったころだと思います。8月12日の深夜0時半ごろに、自宅の玄関の横の窓ガラスから、突然「パーン!」って大きな音がしたんです。その音を聞いた時にうわーー!!って思って怖くなっちゃって……。恐怖感だけが押し寄せて、これ私は祈っていられないと思ってね。もう、(先に寝ていた)主人のそばに行って、しがみつくようにして布団に入っちゃった。

翌日になって窓を見たら、簡単には割れないはずの強化ガラスの窓に穴が開いていたんです。ゴムパチンコで小石か何かを当てられたような感じです。

その日から少し経って、我が家の玄関前の電灯のスイッチが知らない間に点いていたり、うちの周りは本当に草木がたくさんあるのですが、そこからガサガサ歩く音がしたり、ということが何度かありました。なんか気持ち悪い……みたいなね。

柏原勇吾さん(以下、夫):近所の方々は、私たち夫婦が家庭連合の信仰を持っていることを知ってはいるのですが、それを表立って悪く言われたことはないので、心当たりもなく、本当に不思議です。警察にも被害届を提出しましたが、犯人はまだ捕まっていせん。被害が拡大しないことを願うばかりです。

割られた場所は、二重ガラスになっているんですけど、その一枚目が割られました。高価なガラスなので、すぐには代えることもできず、応急処置だけしてそのまま生活を続けています。

強化ガラス製の複層ガラス窓に直径1センチ程の穴が開いた

:お話は変わりますが、柏原さんが所属しておられる教会のスタッフから、奥様はご病気を患っておられたところから快復なされたとお聞きしました。詳しくお聞かせ頂いても良いでしょうか?

:2021年12月、今から2年半ほど前からの病気です。急に股関節や大腿骨の筋肉が痛くなりました。はじめは、孫を抱きすぎて足が痛くなったのかな、としか思わなかったんです。でも、翌年の4月になっても続いていたので、骨髄検査をしたら白血病と診断されました。それから1年半くらい、昨年(2023年)の6月ごろまで色々と治療したんですけど、良くならなかった……。病院からは、早くて1か月、長くて3か月ですよって、余命宣告されました。でも、なんとなく信じられなくて……。

:病院で訪問看護に切り替えますからと言われました。いわゆる終末期医療です。一回だけ来てもらったのですが、その後セカンドオピニオンとして新しい病院を探したんです。その頃は、白血球の数値が、ふつうは3000~8000(/μL)くらいなのですが、20万(/μL)まで上がっていたんです。

:お医者さんからは、普通だったらその状態で生きているのが不思議なくらいと言われました。

先生に余命3か月って言われてから、3か月後に本当に具合が悪くなり、何も持てず字も書けないほどだったんです。心を前向きに保とう、感謝しようと思っても、要求心ばかりが湧いてきて感謝どころじゃない。力が入らず放心状態で、主人が仕事で家にいない昼間は、こんなに寂しいのかと感じることもありましたね。本当に3ヶ月で霊界に行くのかなって、信じられない思いも心のどこかにあるわけ……。

でも、私が本当に苦しかった時に、教会長が韓国に行かれて、天心苑祈祷室で大きな声で祈祷してくださっていました。それが本当に嬉しかったですね。とにかく私たちの教会の教会長って、食口(教会員)のために霊的パワーを送って復活させようとしてくださるという感じで。
それだけでなく、教会のみんなが昼の時間を割いて教会に来て、私のために祈ってくれている。それがどれだけありがたいことかと、祈られている恩恵を感じていました。

:病気が大変だった時、教会長が礼拝の時に妻を前に立たせて、みんなでパワーを送りましょうって言ってくれるんです。

:それが本当にね、みんなから元気をもらったという気持ちになるわけ。私はこんなに支えられて生かされているんだと感じていました。
実は、2021年末ぐらいに、教会の祈祷室が新しくなりました。それからは、教会にほぼ毎日通って祈祷していました。教会の取り組みとして、教会の祈祷室が新しくなってからの日数を毎日カウントしていました。たまたまかも分かりませんが、そのちょうど700日目(2023年12月8日)に、教会で祈祷した後に病院で検査があり、20万(/μL)あった白血球の数値が、5000(/μL)台になっていたんです!
今も抗がん剤は飲み続けているのですが、病院の先生はかなり改善しますから大丈夫ですよと言ってくださっています。

イエス様が病気の人を祈りで治したエピソードがありましたよね。あの話は本当なんだと思ってすごく嬉しかったんですね。神様やみんなに愛されて、私はここにいるんだと感じています。今本当に感謝している日々ですね。

:大変な闘病生活を経て、平常値に戻られたのですね!
ご主人さんは、奇跡の快復をされた奥様をご覧になりながら、どういう思いがありますか?

:私は、妻が病気になった時に、ずっと家庭の祭壇で祈ったり瞑想したりしていたんです。「妻は霊界に行きますか?行かないですか?」って聞いたら「行かない」と教えられた。だから大丈夫だと、あんまり心配はなかったです。
周りの皆さんにも妻にも、あんまり私が心配しているようには見えなかったと思います。もうちょっと心配してほしいぐらいじゃないですか?(一同、笑い)
でも、元気になってくれて、本当に嬉しかったです。

:あと、子どもたちが親身になっていろいろやってくれました。娘たちは看護師だから、家庭用ナースコールを買ってくれたり、他にも色々なものを準備してくれたりして、助けてくれました。

:子どもたちは、孫たちも全員連れてきてくれて、仕事先にも許可を取って、半年ほど住み込みで闘病生活を手伝ってくれたんです。

:夫や子どもたち、教会長や教会の兄弟姉妹、たくさんの方々に支えられました。
その間に私も元気になってね。神様に愛され、生かされました。

:たくさんの方々に元気をもらったのですね!
貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

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