2024年8月4日、家庭連合の教会員など約1200人が、猛暑の福岡市中心部で信教の自由を訴えるデモ行進を行った。家庭連合とその関連団体を対象にした福岡市による公共施設の貸し出し拒否と北九州市議会による「関係断絶」決議、そして2023年10月に文部科学省が家庭連合の解散命令を裁判所に請求したことに対する抗議の声である。このようなデモや、有識者が登壇したシンポジウムは、福岡を皮切りに九州各地で行われた。これらの活動を主催したのが、九州地方の家庭連合教会員とその支援者で結成された「基本的人権・信教の自由を守る九州の会」である。同会の代表を務める高島幸司さんにお話を伺った。
編集:「基本的人権・信教の自由を守る九州の会」についてお聞きしたいのですが、その前にまず、髙島さんご自身の入教の経緯や、今まで信仰を持ち続けてこられた理由をぜひ聞かせてください。
髙島さん(以下、「髙」と省略):私が教会に来たのは、高校1年生の16歳の時(1965年)です。その頃、私は自己矛盾に非常に悩んでいました。人前では善いことをするけれども、自分一人になると自己中心的な思いがたくさん出てくる。そんな自分の偽善的なところが悩みでした。
その頃に、私の学校に5年ほど先輩の卒業生が来て、生徒会のメンバーだけが参加する小さな講演会が開かれたんです。その先輩が言うには、「人間が苦しむのは真理から離れたからだ。真理どおりに生きれば苦しみは無くなる」と。お話しが終わった後に、「真理ってあるんですか?」と聞いたら「あります」と言われたので、次の日、教えられた住所を訪ねて統一教会に行きました。それから(統一原理を)学び始めて、無知という問題が解決できると確信を得て、今日まで来ているというわけです。
編:統一原理を学んでいく中で、髙島さんの悩みが解決したり、心に響いたりしたのでしょうか?
髙:学んでいく中で大きな悩みが生まれました。講師が最後に「神様はあなたの親だ」と言ってくれたのですが、私はそれを聞いて、神様が親ならいつか私を棄てると思ったんです。なぜなら、私が3歳の時に両親が離婚して、その後も祖父母や叔父の家庭にお世話になりましたが、その家から家出をしたことで、私は小学校4年生から養護施設で育ちました。そのため、私は実の親から棄てられたのだと感じていたからです。
一方で、教会の先輩たちは私を兄弟として温かく迎え入れてくれました。それまで味わったことがなかった情の世界に惹かれて、私は教会に通い続けました。
私は、心のどこかで「神様はいつか私を棄てるかもしれない」と思いながら教会に通っていましたが、10年くらい経って実際に「神様は私を棄てた」と思わざるを得ないような大事件があったんです。私は神様に祈って、「神様ヅラするな!親ヅラするな!私は世界で一番みじめな人間だ」という感じで徹底的に文句を言いました。ところが、祈るうちに私よりもみじめな思いをしてきた先人たちがふと思い浮かび、次の聖書の言葉が浮かんできました。
「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい」(マタイによる福音書 10:28)
私の肉体も魂もまだ生きている。ひょっとしたら棄てられたと思ったのは、私の誤解かもしれないと思ったんです。そこで、誤解したことを神様に謝って、生きている限りは神様に文句を言わないと誓いました。これまで信仰を持ってきて、苦しい時や棄てられたように感じる状況もあったのですが、これは神様からの試練であり、訓練であり、厳しい愛なのだと思って超えるたびに成長させていただきました。
また、祝福結婚で出会った妻を通して、神様や真の父母様(文鮮明先生・韓鶴子総裁ご夫妻)の多くの愛に気づきました。すると私の中から、人を愛そう、ために生きようという思いが徐々に出てくるようになったんです。自分は完成の途上にいて、常に前進している。だから常に希望に溢れていますし、信仰を持ったことの喜びを日々感じています。
私は最初、親に対して恨みの思いを抱いていましたが、今は私を生んでくれた存在として、心から感謝しています。なぜなら、私が伝道して、私を通して救われたと言ってくれる方々がいるからです。そのような人が一人、二人と増えるたびに、親を許せるようになりました。
だから、家庭連合の解散という話が出てくると、「私たちの幸せを妨害するなど許せない!」と思うのです。
2024年8月に福岡市内で行われたデモ行進。前列右から2人目が髙島さん
編:髙島さんは、2023年10月20日に福岡市で行われた「家庭連合(旧統一教会)解散請求の不当性を訴える 信教の自由を守る福岡集会」の時から、信徒会の代表として登壇したり、福岡市内の街頭で演説をするなどされています。
髙:福岡県では、2022年に北九州市議会が家庭連合との断絶決議を全会一致で可決し、2023年には福岡市が家庭連合と関連団体に対して市の公共施設の利用を許可しないという不当な措置を行いました。それらが発端となって、信徒たちから抗議の声を上げようという意見が出てきました。世間に対する、信徒たちの声の「見える化」です。
私は、福岡の教会の中では古株の教会員なので、2023年に「(信教の自由を守る)福岡集会」を開催する時に会の代表になってくれないかと持ち掛けられました。他の話なら断っていたかもしれませんが、今回は選んでくれたことに感謝しています。
なぜかというと、2022年7月以降の家庭連合に対する一方的な批判報道や、政府の解散命令請求に向けた動きの中、今回は(家庭連合に敵対する勢力に)絶対に勝たないといけないという強い思いが私の中にあったからです。「これから国会の前に行って抗議の断食でもしようか」などと妻と話をしていましたが、個人でやっても声は届かないだろうと思っていた矢先に代表になるお話がありました。
また、この教会で今までお世話になったことへの恩返しとして、先輩の立場である私が矢面に立たないといけないと思ったんです。実際にマスコミの取材を受けたこともありました。
ところで、会の名前に付いている「基本的人権」は、日本人に限ったことではありません。私の通う教会にも在日韓国人が多くいますが、彼らはとても肩身の狭い思いをしていると感じています。だから彼らに対しても、日本人と同じように兄弟姉妹として接することができる私たちにならなければと思っています。集会などを行う過程で、韓国民団系の青年と朝鮮総連系の青年(どちらも家庭連合の教会員)が本当に仲良く、本当の兄弟のように接している姿を見て、韓国人の婦人教会員が感動して泣いていました。小さなことかもしれませんが、こうして兄弟姉妹として分かり合う中で世界平和は訪れると確信しました。
私は一時期、ミャンマーで宣教活動を行っていた経験があります。その時は家族で移住して、現地の方々と一緒に生活していたのですが、彼らに尽くしていく中で本当に兄弟姉妹のような関係になりました。そこに行けば、ここが天国だなと感じます。私たちが目指す世界は、『原理講論』に書かれているように神様のもとの大家族世界です。だから、教会の信徒たちも家族のような情の関係になっているのが理想ですが、まだそのようになれていないのです。私たちはそれを悔い改めなければならないと思っています。
私たちは、信教の自由がもっと尊重される日本社会をつくるために今後も訴え続けていきたいと考えています。福岡市内では、2024年内にあと2回はデモ行進を行うことが決定しています。他宗教の方にも私たちの訴えに賛同してくださる方々も少なからずおられ、この声がさらに広がって行くことを祈っています。
編:髙島さんの歩みの原動力は何でしょうか?
髙:私は1979年からずっと、毎朝5時半からみ言の訓読(文先生・韓総裁の説教集などを拝読すること)を行っています。最初は読み続けるだけでも辛かったのですが、み言の深さを理解できるようになってからは、もうやめることができません。この喜びをどうしたら皆さんにも理解してもらえるかと今も努力している最中で、オンラインの訓読会を行って毎朝50名ほどが参加してくれています。毎日4時半から準備しているので、3時間ほどの睡眠時間ですが何年も続けています。また、私のYouTubeチャンネルも作って、説教や私の証し(体験談)も話しています。
(心の世界で)孤児であった者に親がいた。その親はどれほど子供を探し求め、愛を注いでこられただろうか。神様と真の父母様は大切なものを全部犠牲にしても、そのような愛を私に注がれました。その愛によって生かされて、心情が復活して楽しくて仕方がない。私はそのような喜びの心情が原動力になっています。