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世界中で3組だけ! スリランカ人との祝福カップル

南さん家庭

今回は長野県にお住まいの国際カップル、南さん家庭のご紹介です。ご主人の謙(ケン)さんは福井県出身の42才。奥様のシャーミニさんはスリランカのタミル人でご主人より2つ年下。お二人の娘さんは小学4年と幼稚園。祝福は4億双の第5次に受けられています。

●タミルのスリランカ人、妻のシャーミニさん

:ご主人は信州大学へ通うため福井県から長野県に出てこられ、さらに大学院に進みます。途中1年休学して英国へ留学。帰国した際に伝道されました。霊の親は同じ教会に通われています。
謙さんは建築の仕事をするつもりでしたが、2003年に大学院最後の1年でみ言を学び、別の道を選ぶようになりました。今は、地元のお菓子屋さんにお勤めで営業の仕事をしながら、午前中は幼児礼拝を担当したり教会でスタッフも務める生活が約20年くらいになる南さんです。

:妻はスリランカ北部の生まれでタミル人でスリランカ北部の出身。(タミル人:タミル語を話す人々でインドに6千万人、スリランカに300万人、マレーシアに140万人いる)。
タミルの人には苗字がなく、父親の名前を苗字がわりに使う習慣があります。父親の名前が「サナバナババン」で、妻の結婚前の名前は「シャーミニ・サナバナババン」。妻の母親の名前は「シバマラ」。フルネームは「シバマラ・サナバナババン」。結婚すると父の名前から夫の名前に替わります。妻の父親の名前は「サナバナババン・アップットレ」。「アップットレ」は父親の父親つまり祖父の名前になっているわけです。
:スリランカはインドの南。小さな島の国です。
:面積は北海道より少し小さいくらいですね。人口は2千万人。7割が仏教徒で、日本では善光寺さんとのお付き合いがある人も多いそうです。他にクリスチャン、イスラム。社会が宗教で分かれている国です。タミール人は15%くらい。
(信州善光寺の説明によれば…『善光寺縁起』によると、御本尊の一光三尊阿弥陀如来様は、インドから朝鮮半島百済国へと渡り、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれております…とある)

:もう少しスリランカのことを紹介すると…、70年代にイギリスから独立していて、昔はセイロンと呼ばれていました。セイロンティーのセイロン。80年代から大きな内戦がありました。
イギリス領だったので彼女のお爺ちゃんとお婆ちゃんは英語ペラペラです。当時は全員英語。現在はシンハラ語とタミル語が公用語。仏教徒はシンハラ族。タミルはヒンズー教徒とクリスチャン。
妻の霊の親であるおじさん(65才、母のいとこ)は、英国で伝道されて、韓国で仕事をして、日本に来て日本の女性と祝福を受けて、スリランカに帰ってナショナルリーダーを務めていました。今はカナダにご夫婦で住んでおられます。
:おじさんはタウンに住んでいたからきっとお金持ちだったんです。
:お小遣いを貯めてロンドンに留学したところ、そこで伝道されたとうかがっています。

●スリランカの祝福カップルは世界に3組だけ!

:妻の家はスリランカで言えばまあ普通の経済状況。笑 お父さんが小さい時からいなくて、お婆さんの年金で生活をしていたそうです。
お母さんがおじさんにお願いして、妻を全寮制の学校に入れてもらって。しかし妻はその生活が好きではなくて、自分もおじさんの教会(家庭連合)に住みたいと言って。教会の仕事をして訓読して礼拝にも参加しているうちに18歳になり、祝福を受ける事になったそうです。
:映像を見たらすごく素敵で、いいなあと思って、写真を撮って応募しました。おじさんの家が教会兼自宅だったんです。
:スリランカは、まだ、何も基盤がないんですよ。彼女のおじさんが引っ越してしまった後は、教会もなくなってしまって。彼女のお母さんが訓読しているくらいで…。おじさんの住んでいる借家が教会になっていたんです。
日本とスリランカの祝福家庭は、おじさんと、私たちと、もう1家庭ぐらい。スリランカにはそれだけしか祝福家庭がいないんです。

:え、そうなんですか? とても貴重な家庭ということですね、祝福家庭が二国間あるいは二つの民族間の橋渡し役になることも考えると。
旦那さんは国際祝福を希望されていたのでしょうか?

:イギリスに留学した頃からあまり日本には居たくないなと考えていたので、祝福も国際を希望しました。と言いつつ、ずっと日本にいるんですが。笑
あまりよく考えもせず国際を希望していましたが、実際に国際結婚をしてみると、手続きなども色々と大変ですね。でも当時は、ずっと日本で狭い視野になってしまうのは嫌だなと感じていて、国際を希望していました。

:国とか地域の希望を出していましたか?

:教理の勉強をし始めてから1年ほどで祝福結婚の機会が巡ってきたので、その時はまだ、例えば韓国に対する思い入れもそんなに大きくはなくて。イギリスに留学していたぐらいなので、外国といえば、漠然と欧米の方というイメージはありました。アジアの人とご縁ができるとはあまり考えておらず、「あ、そっちからきたか!」と思いましたね。笑

:祝福を受けた年齢は?

:大学院を出てからで、2004年だから26才の時です。大学院を1年終えて、イギリスの留学から帰ってきた時、24才で伝道されてから割と短いですよね。

:26歳の祝福は、男性としては結構早いですよね?

:たぶん早いんだと思います。笑
長野は傾向的に女性比率がすごく多いようで、青年部に行った時には男性が僕しかいなかったんです。その先輩の女性達が僕よりも年上でみんなまだ祝福を受けてませんでしたし…。

● 一生一人の相手という教え

:では、待ちに待った男性だったんですね!
伝道されて、み言を聞いて、どんなところに価値を感じましたか?

:当時は原理の説く同時性とか数理性や規則性などに感動していたと思うのですが、今こうして落ち着いて考えてみると、やっぱり「一生一人の相手」というところが心に残っていたんだと思うのです。
世の中的にはすごく難しく、数が少ないことだと思います。「そうじゃなくていいんだ」という風潮もありますけど、でもそこが一番心に響いていたんだと思います。
当時、「祝福はどうですか?」と言われて、話を聞いてみて。断る理由がなかったので希望届けを出したという感じで、受け身ではありましたが。笑

:写真をいただいての奥様の第一印象は?

:写真の写りが悪かったのかすごく老けて見えて。結構なおばさんが来たかなと思いました。でも、もう一枚写真がついていて、そちらは可愛らしく撮れてました。写真の撮り方って、国によって結構違うみたいですね。笑 とにかく、難しい方じゃなくてよかった、というのが第一印象でした。

:思いもよらぬスリランカの奥様で、いろいろと心配事が浮かんできたりはしなかったのでしょうか? 言葉とか、スリランカに先輩家庭はいるのかとか。

:まあ、性格もあるのでしょうが、現実的な心配は全くしなかったですね。言葉も、彼女は英語が喋れますし、僕も、当時は英語できたので、コミュニケーションはそんなに問題がなくて。韓国の方とかだったら言葉の面で大変だったと思います。
祝福式の会場にでも、わたし達は比較的に喋っているカップルだったと思います。モンゴルの男性と日本人の女性のカップルで両方とも英語を喋らないカップルとか、結構いらっしゃいましたね。そうなると、ニコって笑うしかできないじゃないですか。笑

:出会ったとき、葛藤とかトラブルみたいなものはなかったですか?

:なかったですね。まあ、僕の方はそんなに準備ができてなくて「決まったな」くらいにしか思っていなかったからかも知れませんが。笑 ただ、彼女の霊の親であるおじさんが連絡をくれてたみたいなんですが、なかなか僕に繋がらなくて。僕もずっと教会にいるわけではなくて、そういうことは起きてましたね。
:当時はスマホもなかったので。

:そう! わたしも妻が韓国の女性なんですが、今はグーグル翻訳があって。当時これがあってくれればどれだけトラブルが少なかったかと思いますよね。笑
では奥様のお話を伺いましょう。最初に知らせを聞いたときはどうでしたか?

:わたしも「国籍はどこの方でもよいです」と希望を出していました。それで、おじさんが色々と相手を探してくれていたみたいで。日本の佐野先生にも連絡をとって誰かいないか聞いてくれたりしていたみたいです。
:彼女はインドの方で祝福の為の修練会に参加したりしていて。でも、そのインドでは結局相手が見つからず。その後、けっこう時間が過ぎてしまって。おじさんが日本に住んで長かったので、「では日本で希望を出しましょう」ということになったようなんですね。
:祝福を受けたとき、わたし自身は韓国で万物復帰をしていて、その時、国家メシアの韓国の先生は韓国人で探してくださったようなのですが、なかなか相手が見つからず、祝福式に間に合わないのではないかと心配して、おじさんを通して日本で出すようにお願いしました。
:つまり、日本のマッチングに出すことになったってことですよね。

:では、必然的に日本人の中から選ぶことになったわけですね。
日本の人に関しては、どんなイメージを持っていましたか?

:スリランカに来ていた宣教師達と、おばさんも日本人だったので。日本語を喋って、日本の食べ物を食べて。わかめスープを飲んで。笑 その時はわかめの匂いがすごくて、わたしには合わなくて。
:今ではようやく、わかめ食べられるようになったよね。

:日本人にはどんなイメージを持っていましたか?

:すごく優しくて。なんでも手伝ってくれる方。スリランカとは違って、何かあればすぐに走って行って困った人を助けてくれる。そういうイメージがありました。
:長野に来たら違ったんでしょ! 笑

:では、相手が日本人だと知ったときは「よかった」と思ったんですね。

:はい。神様がいい人、いい国を決めてくれたと思いました。
その時、わたしはネパールのチームと一緒に万物復帰をしていたんですが、そのネパールの会長さんもいろんな国でわたしの相手を探してくれているのを知っていたから「良かったねえ」「神様が日本の人を与えてくれたんだね」と言って喜んでくれて。わたし自身も良かったなあと思いました。

:では、日本人の南さんに決まって、葛藤…嫌だなあという思いなんかはなかったのですね?

:その時、一緒に歩んでたネパールの人たちもみんな韓国に来ていて、その人たちの祝福の相手を見るとみんなネパール人同士だったんです。ネパールの姉妹がみんな、わたしの相手が日本人なのを見て羨ましがっていました。「日本人の相手よかったね」と褒めてくれたから、それでわたしもすごく嬉しくなりました。
:うーん、良いのか悪いのか、よくわからないですが…。日本人の評価が高いんですね。笑

後半に続きます。

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