在韓日本婦人の証し文(2)

2010年7月7日

 前回に引き続き、在韓日本婦人3名の証し文を掲載します。

 

 

4.木村純子

5.山口英子

6.吉田美穂

 

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『私の韓国生活』

 

2010年6月27日

木村純子

忠清南道 天安市在住

 

 アンニョンハセヨ 私は韓国の忠清南道天安市に住む木村純子と申します。

 

 私が始めて韓国に来たのは1988年10月30日、練炭の香りがほのかにただよう秋の1日でした。この日が国際合同結婚式でした。今思えば、私の人生最大の事件とも言うべき出来事でありました。こんな私にも恐るべき勇気が備わっていたのだと今でも驚いています。

 

 私には弟が2人います。自動車修理業を営む善人のかたまりの様な父と、看護婦あがりのちょっとハイカラで情け深い母――私が愛してやまない誇り高いこの両親のもとに生まれました。

 

 ところが、私は幼いころからどうも両親には似ておらず、「お前は橋の下で拾われてきた子だ」という冗談を冗談として受け止められないほど不安な日々を過ごしたりもしました。ところが2人の弟を見ると、目や足など体の部分部分が私に似ていることに気付き、幼い私はそんな事で安心したものです。

 

 そんな私が結婚して驚いたのは、主人のお母さん(姑)が、何と私にそっくりだという所です。私はまるで産みの母に出会ったような感動を覚え、知らず知らずに涙が溢れて来てずっと泣いた事を思い出します。

 

 私はこの韓国にお嫁に来て本当に良かったと思うことがあります。それは、この国には孝の精神が深く根付いているというところです。両親の誕生日、そして父の日や母に日には、どんなに遠くに住んでいても必ず訪ねて行って、子供たちの家族がみんな集まって両親と1日楽しく過ごすというところです。

 

 また、先祖の命日の日には、嫁達が前日から買い物をし、肉料理、魚料理、果物、野菜の和え物、お餅、栗やナツメ等の穀物など、韓国の風習に習って祭壇に手作りの料理でお供えし、息子たちがご先祖様に敬礼を捧げるという文化が今も根強く残っているというところです。

 

 両親にだけではなく、年上の人にはきちんと尊敬語を使い分ける民族であるというところが私は大好きです。

 

 私は週3回ほど、洞(町の公民館)の事務所で日本語の講師を5年ほどしています。9時半から12時半まで初歩クラス、中級クラス、高級クラスの3つのクラスを受け持っています。事務所の開所式の時には、受講生20人と共に舞台に上がり、“恋人よ”と“プサン港へ帰れ”を歌と振り付けで熱演し、天安の市長さんや洞の洞長さんに絶賛されました。

 

 先日、洞のバザーでは日本語チームとしてブースを1つ任され、受講生と一緒に日本の小説(古本)、日本人形、チョコレートやカップスープ等を展示販売した結果、とても好評で、今事務所にはこの日のハッピ姿の写真が大きく展示されています。

 

 私には夢があります。とてもささやかな夢ですが、家族や友人、親戚を我が家に招いて世界で一番おいしい手作りキムチでおもてなしをすることです。

 

 洞事務所の日本語の受講生の中に、以前日本食の料亭を構えていらっしゃった方がいます(大統領がよくおいでになったとか)。今はお年でお店はたたんでしまわれましたが、この方のキムチを食べたらほかのおかずが目に入らないほどおいしいのです。超一流です。実は今、このお母さんからキムチを習っています。「お嫁さんにも教えたことのない秘法だよ」と言いながら、1つ1つ手をとりながら教えてくださいます。娘にようにかわいがって下さります。私の両親は他界して17年になりますが、私の周りには日本の両親を思わせるようなお父さんお母さんがたくさんいらっしゃいます。

 

 午後の間食の時間になると、時々果物やお菓子を手にぶら下げて老人会館に遊びに行き、歌を一緒に歌ったり肩もみをして差し上げたりしています。近所ではちょっと有名な日本のお嫁さんです。

 

 こんな私を主人や息子たちが温かく見守ってくれます。息子たちは時々学校で私の自慢をしているそうです。友達を家に連れて来た時は、日本の手作りお菓子や焼きうどんなどでご馳走しています。素朴な普通の家庭ですが、韓国の皆さんに温かく育まれ、元気に楽しく暮らしております。

 

 キムチの腕をもうすぐ誰かにほめられそうで、1人にやけ顔の今日この頃です。ありがとうございました。

 

 

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『統一教会してたもの』

 

2010年6月27日

山口英子

ソウル市在住

 

 私は平凡な公務員の娘として生まれ、嫁姑関係が良くない家庭の中で育ったためか、家族の仲が悪いと地獄だというのを9歳の頃から感じていました。中学1年の頃、地球滅亡の予言が巷に流れ、死に向かう人類がどのように生きるべきか、私は個人的な喜びより世界の人のために何かしたいという気持が湧きました。

 

 その後、指導者的な役割をしながらも虚しくて疎外感を感じながら過ごしていました。

 

 芸術を通して悩める人の心を解放したいという希望を持ち、日本大学芸術学部映画学科脚本コースに進学しましたが、疎外感は募る一方でした。そうこうする中、卒業して2年半後に統一教会にはじめて出会いました。

 

 統一原理を聞いた瞬間、これは真理だと感じました。人類を愛する親なる神の存在、人類の初めての先祖の堕落により生じた人間の不幸、それを本来の創造理想の世界に復帰していくための文先生と統一教会の人たちの具体的な平和運動を知り、希望を感じて入教しました。

 

 日本が韓国に対して行なった過去の残虐な歴史を知り、罪の償いをして新しい日本と韓国の友好関係を築きたいと、7年後に韓国人との結婚を申し込みました。

 

 韓国に来て韓国の人々の温かくて率直な人柄に触れ、個人主義でなく、目上の人を敬い、常に周りの人たちに配慮する姿勢から多くのことを学びました。日本が過去にしたことは忘れないが、子孫たちとは良い関係を築いていきたいという前向きな態度に頭が下がりました。

 

 私は1988年に韓国に来ましたが、1990年から日本語を教えはじめ、1995年から2009年まで柳韓大学産業日本語科で講師を勤めました。現在、区役所(区庁)と文化院で教えています。1992年から統一教会が行った韓日女性姉妹結縁の引率、通訳をはじめとして安保セミナーや家庭の愛と秩序を回復する運動をする傍ら、韓国の国が管理する団体に運営理事として入り、8年ぐらい活動をしました。今まで大韓老人支会(全国規模の団体)の九老区の会長賞、2人の区長賞、ソウル市長賞などをはじめとしてたくさんの賞をいただきました。

 

 去年には詩人として文壇デビューし、法務部(日本では法務省)が全国に作った結婚移民者ネットワークのソウルの会長になりました。そのお陰で、李明博大統領の前で多文化家庭を代表して法律の改善案のスピーチもさせていただきました。

 

 個人的には姑と主人と3人の子供と一緒に暮していますが、主人は教会の教えを守りお酒も飲まないし、たばこも吸わないし、家庭的で地域活動も積極的にしています。統一教会の教えの根本は絶対浮気しない事です。統一教会で国際結婚したお陰で,個人としても活躍でき(主人が陰で助けてくれます)、家庭的にも幸せで、常に社会、国家、世界に貢献することを意識して暮しています。また、永遠の世界も考えながら誠実に自分の魂を磨いていく努力ができ、とても幸せだと思います。

 

 日本での偏った報道は、韓国社会で地域奉仕をしながら老父母に仕え、子供たちを一生懸命育てて国民からも認められている韓国統一教会の善良なる家庭婦人たちを冒涜するものであり、事実とは全く異なるものです。統一教会の信者たちはすべての人が親なる神さまの愛を受け、世界人類がひとつの家族となり、平和と発展を共に分かち合う理想世界を築く運動に感動して参加した人たちです。

 

 宗教を理解できないからと言って、文先生が率いる統一教会の世界的な基盤と活動を無視しないでください。ソ連の共産主義を崩壊させ、宗教間の和解をはかり、社会の基盤である家庭の愛と秩序を回復する教育をはじめとして、様々な分野でトップクラスの人たちをまとめて会議を開催しながら、地球レベルの愛と平和回復運動を行っている内容を紹介してください。

 

 もっと人のためになる報道をしてくださるようお願い致します。

 

 

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『韓国生活で歌手になる夢叶う』

 

                                 2010年6月26日 

                                 吉田美穂

                               慶尚南道 在住

 

 私は埼玉県出身で、2000年に韓国にお嫁に来ました。夫の両親と同居しながら、3人の子供に恵まれ、幸せにすごしています。現在の職業は、歌手兼歌謡曲の講師です。

 

 1998年に初めて夫と出会いました。言葉はもちろん、韓国に来たばかりで何も分からない私を理解し、私に1つでも多く何かをしてあげようとする夫の姿に、とても感動しました。夫の両親や妹も同じでした。義妹は、嫌な顔ひとつせず心のこもった食事を準備し、私の服まで洗濯してくれ、最初は戸惑いました。後になって、それが韓国人の「情」の表れなのだと気がつきました。

 

 「日本人だからと気に入られなかったらどうしよう」と心配もしましたが、皆が私に温かく接してくれました。そんな家族を、私は喜ばせたいと思いました。

 

 まずは言葉でした。「どうやって勉強するか」と考えていたとき、韓国の歌を聴いて「これだ」と思い、歌の歌詞と意味を一緒に覚え始めました。そして、その歌を家族の前で歌ったら、本当に喜ばれました。韓国語も自然に上達し、家族に喜んでもらえました。

 

 韓国で暮らしながら、韓国の人たちは日本人に比べて個人主義的ではなく、情が深いということを感じてきました。食事の時のおかずひとつにしても、たくさん作って分け合うし、お客様がきたら、先ず「食事をしたのか」と尋ねるのが挨拶で、家に何もなかったとしても、何かひとつでも持たせて送り出します。これが「情」であり、「韓国人は、ために生きるということが、身についているんだな」ということを日々の生活の中で感じ、それは私にとって驚きでした。本当に多くのことを学びました。

 

 日本の両親は、私の変化にとても驚きました。父は私の表情が変わり、顔もきれいになったと言ってくれました。

 

 まったく考えもしていなかったのですが、韓国で生活しながら私の夢をかなえられるチャンスが訪れました。家族が私に「歌がうまいから、のど自慢に出てみたらどうか。うまくいって、歌手になった人もいるから」と言って、積極的にあと押しをしてくれました。特に期待もせずに出場したのですが、気がつけば「KBS挑戦主婦歌謡スター」という番組で4連勝し、「SBSスターキング」という番組で3連勝して、さらに音盤まで出すことになりました。歌手になることが私の夢で、私の実家の両親の夢でした。

 

 韓国で暮らしながら、本当に多くのことを学びました。「このように歌ったら、聴いている人はどんな気持ちになるか」「どのような声が相手に心地よく聞こえるか」「どういう歌を歌ったら相手を楽しませることができるか」など様々なことを考えます。私の歌は韓国生活が基盤になっています。本当に感謝しています。

 

 私を大事にしてかわいがってくださるご両親、家事まで手伝ってくれながら私の夢を応援してくれる愛する夫、かわいい3人の子供たちがいて、私は本当に幸せ者です。

 

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